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ジーニアスコードのダイレクトラーニングの一部のフォトリーディングとその進化系のフォトフリッピングを使って、10000冊読破していくブログです。
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司馬遼太郎という人 (文春新書)
評価:
和田 宏
文藝春秋
¥ 756
(2004-10)
Amazonランキング: 154127位
JUGEMテーマ:読書


258 司馬遼太郎という人 (文春新書) 和田 宏著


日本の作家で、尊敬している人は、三人いる
手塚治虫さん、宮城谷昌光さん、司馬遼太郎さんの三人だ。

漫画家としては、無数にいるが、
作家は、小説を読まないので、それほどいない。
というか、小説はあまり好きではないのだ、笑。

がしかし、歴史小説は大好きだ。
高校の時、司馬遼太郎さんの作品に出会ってから
(確か最初に読んだのは、項羽と劉邦、もしくは、燃えよ剣あたりであった。)
歴史小説が大好きになった。

司馬さんの作品は、めちゃめちゃ、おもしろいから
これは老後にとっとかねば、と思い、しばらく読んでなかった。

宮城谷昌光さんは、本当に天才だと思う。
日本のご存命な、歴史作家の中で、
宮城谷昌光さんと、北方謙三さんがおもしろいと思うが、
作品的には、はるかに宮城谷さんの方がよいと思う。
あくまで個人的であるが、

今、中国の古代思想を学んで
だいぶ、中国の古代史についてわかるようになってきているからなのだろうか
本当に、その世界観が失われず、いきいきとその世界が描けている。

本書でも、司馬さんが、宮城谷さんについて語った話がでてくる。

p84
 ところで、中国の古代をおもな小説のテーマにしている宮城谷昌光さんに触れた私あてのハガキがある。
「御手紙のなかにでてきます宮城谷昌光のお仕事には驚嘆する思いでいます。とくに「重耳」「晏子」がすばらしく、ぬけぬけと漢文的世界を、それが通じないと思われていたいまの世に展開する魂の大きさになによりも打たれます。小生、多少漢文のナマカジリあり、と自分で思いつつも、それは無用のことと思っていました。同時に、世代的には自分が最後かと思い、さびしく思っていました。それが、宮城谷さんの登場で、さらにはその旺盛的な創作活動で、ひがごとだと知り、青天を仰ぐ思いでいます」消印は九四(平成六)年の暮。

おそらくこの後で、あろう。司馬さんと宮城谷さんとがあって、そのエネルギーを引継いだ話が有名ではあるが、

wikipediaにも、こう載っている

1996年1月3日に編集者和田宏の仲介により司馬と初対面。喫茶室で懇談後、宮城谷夫人同伴で夕食会を催す。司馬が他界する1ヶ月前であった。司馬の死後、和田は「あの新年の陽光がいっぱいのホテルの喫茶室で、司馬さんから宮城谷さんに何かとても大きいものが引き継がれたのだ」と述懐している
「解説」和田宏(宮城谷昌光『華栄の丘』p281-p287)文春文庫2003年3月


本書は、司馬遼太郎という天才がどのような仕事をしていたのかを
ありありと、司馬さんの編集者であったからこそ、書ける内容である。

貴重な一冊であると思う。

以上

ありがとうございます。




| 歴史小説 | 14:43 | comments(0) | - |
重耳〈下〉 (講談社文庫)
評価:
宮城谷 昌光
講談社
¥ 620
(1996-09)
Amazonランキング: 20861位
JUGEMテーマ:読書


248 重耳〈下〉 (講談社文庫) 宮城谷昌光著

壮大な放浪ストーリー。
星の重要性が非常にわかる。
また、一人の人間を育てることで
己というものが、同時に成長することも描いている。

P16
「晋公はまもなく死ぬであろう。徳ということのわからぬ人だ。心がない。心がなければ死ぬほかあるまい」

P104
古来、やってはいけないことが三つあるといわれる。
禍いをたくらんではならない。乱につけこむことをしてはならない。人の怒りを増大させてはならない。

P140
天意にはかならず兆しがある。公子が天下を制覇するのであれば、それはこの土塊を得たことからはじまる。

P273
たよりになったのは、星だけであった。
| 歴史小説 | 02:00 | comments(0) | - |
重耳〈中〉 (講談社文庫)
評価:
宮城谷 昌光
講談社
¥ 620
(1996-09)
Amazonランキング: 20993位
JUGEMテーマ:読書


247 重耳〈中〉 (講談社文庫) 宮城谷昌光著

すばらしい文章とは、書こうとしてかけるものではなく、
おりてくるものである。
そんな気がしてならない。
いい文章を書こう、いいメッセージを作ろうと思うと
邪念が入り、本来のメッセージが濁る。
そう感じる一冊だった。

P39
「古来、子は抱いてはならぬものだ。孫ならよい」

本来、葬儀においても喪主になるのは、死者の子ではなく孫である。
  
| 歴史小説 | 01:49 | comments(0) | - |
重耳〈上〉 (講談社文庫)
評価:
宮城谷 昌光
講談社
¥ 620
(1996-09)
Amazonランキング: 20522位
JUGEMテーマ:読書


246 重耳〈上〉 (講談社文庫) 宮城谷昌光著


P10
参星とは、文字どおり三つの星のことで、西洋の星座でいえばオリオンベルトをあらわす三つの星である。もっとも、古代の中国人には、オリオンは白虎にみえた。星座は不変のようにおもわれがちだが、じつはそうではなく、たとえば太古の北斗七星はいまみる象をしていなかったようだ。

P18
人の名というものは、親がつけるものといえ、その人の運命を暗示するように、おのずとつけられると考えられる。人は自分の名の通りの運命をたどるものであるから、

P28
「民は三に生き、これに仕えるのは、一のごとくであるのです。」

 民は三に生き、とは人というものを考えたとき、どんな人でも、父が生み、師が教え、君が養うものである。父に仕え、師に仕え、君に仕えるのは、べつべつの方法をとるのではなく、一つの方法、すなわち自分を生かしてくれたものには、死をもってむくいるのが人の道だということである。

P93
その占いの辞は、ただ吉とか凶とかを明示するものではなく、占った時や情況などを加味して解釈しないと、吉なのか凶なのかわからないもので、占う者が古例に精通していないと、読みあやまる危険がある。なおかつ、トという占いは、国家の大事についてのみおこなうものである。ちなみに後世の手相占いは、兆に似た掌のすじを読むということで、トの伝統から派生したものであろう。

P96
真の文献とは、書物のことではありません。人のことなのです。国が滅びると、貴重な文献が消えてしまう。ま、それはともかく、天意を聴くには、それなりの道がある。

P154
他人よりまされば、誇りをつつしみ、他人におよばなければ、誇るどころではありませんから、人の主というものは、一生涯、誇色をださぬというわけです。誇りの色は、主君をみて、臣下がおのずとだすものです。

P205
「天下というものは、一人の天下ではなく、天下の天下というべきです。天下の利をおなじくする者が天下を得る。それに反して、天下の利を独り占めにしようとする者は、天下を失います。」

「天に時あり、地に財あり。―その二つを、人とともに有することを仁といいます。仁のあるところに、天下の人々は帰すのです。また、ふつう、人は死ぬことを悪み、生きることを楽しもうとします。あるいは徳を好み、利を求めようとします。まことの生とまことの利とを計りうることを道といいまして、道のあるところに、やはり天下の人々は帰すのです。太公望が文王にお答えしたのは、そういうことです。」

P207
「陽気とは、天の気といってもよろしいでしょう。地中にあるのが陰気です。また冬の気が陰であれば、春の気は陽となります。陽気は風によってはっきり感じられますので、東風がそれにあたります。が・・・・」


占星学、陰陽、名に関して、学びが深まる一冊。
また、重耳という人物が、いかにして、国を治めるいたるかの苦労が
非常に学びになる。

古代の知恵というのは、深遠でかつ
現代になじみが深い。
| 歴史小説 | 01:41 | comments(0) | - |
楽毅〈2〉 (新潮文庫)
評価:
宮城谷 昌光
新潮社
¥ 620
(2002-03)
Amazonランキング: 89584位
JUGEMテーマ:読書

245 楽毅〈2〉 (新潮文庫) 宮城谷昌光著

この楽毅二巻には、宮城谷先生の歴史に対する
「想い」が描かれている。
歴史とは、何であるのか?
歴史を現代人はどう接すればよいのか?
それが描かれている巻である。

現代の生産性の本が注目される中で、
古人の知恵は軽視されている。

しかし、最先端といわれる加速学習ツールも
実は、本質部分は古人が何千年も昔に
開発したツールである。

日本では、空海を見ても明らかだし、
上杉謙信もその効用については気付いていた。
近代では、日本海海戦の軍師的役割を果たした
秋山真之がそうであろう。

彼らは、脳科学を知らなかったが、
自分自身の潜在性を最大限に限りなく引出し
その時間を増やす術を身につけていた。

宮城谷先生の本を読むと
古人の知恵が現代に生き返り、

孔子の言葉の
「天を怨まず、人を尤めず、下学して上達す。我を知る者はそれ天か。」


P31
天下の宰執というべき薛公に会ったというただそれだけの経験が、
肚のなかにどっしりとすわっている。

P43
「愚者は成事に闇く、智者は未来に覩る」
 愚かな者はすでに完成された事でも理解をおよぼすことができないのにくらべ、
智のある者は、その事が形をもたないうちに洞察してしまう。

P64
武将というものは感情を殺すべきときに殺し、
ふるまうべきときにふるまうことのできる者をいう。

P82
「微なるかな微なるかな、無形に至る。神なるかな神なるかな、無声に至る。
ゆえによく敵に司命を為す」

P94
戦いに必勝があるとすれば、敵に先に攻めさせておき、こちらが立つ。
そのことは古代からいわれている必勝法なのである。
現代に酔っている人々は、古人の知恵をつい忘れがちになる。
現代にあって古言や古事を学ぶことは、知識を豊かにする以上に、
おのれのいたらなさを知ることになり、むしろ学問の神髄とはそこにあるといえる。

P110
孫子の兵法では、はじめに五事をおいている。五事のなかで第一は、
「道」
 と、いっているではないか。道とは戦法のことではない。
五事、すなわち道・天・地・将・法のなかでさいごにおかれている
「法」が、戦法のことである。

P354
かれが留学中に得た教訓とは
―歴史を知ることによって、自分のむこうにある自分がみえてくる。
 ということであった。




| 歴史小説 | 02:12 | comments(0) | - |
楽毅〈1〉 (新潮文庫)
評価:
宮城谷 昌光
新潮社
¥ 620
(2002-03)
Amazonランキング: 41280位
JUGEMテーマ:読書


244 楽毅〈1〉 (新潮文庫) 宮城谷 昌光著

田文と同時代に生きた人物、楽毅。
中山を残そうとするが、中山は滅亡し、
やがて、燕にいき、斉を滅亡寸前まで追い込んだ人物。


p29
「貴人の相です。身分をかくしているのでなければ、やがて一国の高位にのぼる人です。
わたしくの目にはそうみえます。」

p31
仕える君主にめぐまれなかった者は、一代の栄えに満足し、君主がかわれば身を引くべきか。
引退の時期をあやまって、その生涯をかがやかせる光を失った大臣はすくなくない。

p33
―自分が王であったら。
 と、考える楽しさは、娯楽の一種であろう。使われる者は使う者の立場を想像するしかない。故事においてそれを想像することは、虚像をまぬかれるのであろうか。
| 歴史小説 | 08:01 | comments(0) | - |
孟嘗君〈5〉 (講談社文庫)
評価:
宮城谷 昌光
講談社
¥ 600
(1998-10)
Amazonランキング: 24658位
JUGEMテーマ:読書


243 孟嘗君〈5〉 (講談社文庫)

p67
「鈞台はこの世にひとつしかないが、それはそこにはない」

p72
「人を愛すれば、勇気が湧く。人のむこうにあるおのれを愛することを仁という。
人のこちらにあるおのれを愛することは仁とはいわず、そこには勇気も生じない」

p73
 孫臏の遺言にあった鈞台の鈞は、
「つりあい」
 ということでもある。つりあいは鈞衝ともいい、それを人にたとえると、宰相のことなのである。宰相は平衡感覚にすぐれていなかればつとまらない。中国の歴史のなかで最初にあらわれた名宰相を、伊尹、という。この人は料理人から鼎位にのぼった異才であるが、不公平が生じない執政をおこなったので、
「阿衡」
 ともよばれた。衡に阿ぐ人、ということである。上と下、右と左の軽量によって、たくらみにみずからの位置をずらし、量決できた人である。

p76
―わし自身が国だ。
と、田文は烈しく意っていたにちがいない。孤独な国である。

p85
―過去の王者と覇者をみよ。
 商の湯王、周の文王、斉の桓王、晋の文公のいずれも他国で九死に一生をえている。
偉業をなすものはそれだけ危難も大きい。田文の旅はみずからすすんで困難をもとめる旅でもある。

p88
功績のすべてはその人に収斂されてしまう。そこに不満や嫉妬が生ずる。

p191
 実父が田嬰で、養父が白圭で、師が孫臏である。時代を代表する天才がずらりとならんでいる。しかも、知人のなかには、商鞅、尸佼、貌弁などの大学者がおり、斉の将軍であった田忌とも交誼があるという。

p197
 国があって人があるのではなく、人があって国があると考えている田文は、国家の都合により悪を善とみなす風潮に立ち向かった。
「仁義をお忘れにならぬことです」
 と、尸佼におしえられた。
 個人が歩くのも、国家がすすむのも、仁義を守りぬいてゆけば、愆まることはない。
天下が悪をおこなっているのに、独りで善をおこなうには多大の勇気がいる。独善こそ悪だとおもわれかねない世なのである。
―信ずることを遂行するのみ

p252
「まぁ、文子の無欲さは、欲望のかたまりといえる者には不可解で、それゆえ恐れるしかないのです。」

これは利で、これは害だ、と人は区別するが、田文にいわせれば、利そのものが害になりうる。あるいは、取ることが与えることよりつねにまさるのであろうか。
 田文の心底にあるのは、調和ということである。または、つりあい、ということである。そこをはずすと、人は生きにくくなる。
 そう考えると田文の思想の根底には、鈞台、が存在した。


非常におもしろい歴史小説だった。
宮城谷先生はほんとうに素晴らしい洞察力をもって
人を描いている。

史記の世界からの人間の叡智は
現代社会までに失われたものもあるが
フォトリーディングやジーニアスコードといった
古代の人たちが当たり前に行ってきたものを
西洋によって、科学と組み合わせて
再発信されているのをみると、
古代の叡智というものは、
何千の時を経て、現代にとっても
必須の知なのではないかと思う。

| 歴史小説 | 22:03 | comments(1) | - |
孟嘗君〈4〉 (講談社文庫)
評価:
宮城谷 昌光
講談社
¥ 600
(1998-10)
Amazonランキング: 5453位
JUGEMテーマ:読書


242 孟嘗君〈4〉 (講談社文庫) 宮城谷昌光著


p27
吉は凶のはじまりであり、凶は吉のはじまりである。
たとえ凶事はおころうとも、わたしは信念にしたがって生き、死ぬまでだ」

p113
「人によって儲けさせてもらった金だ。人にかえすのはあたりまえだよ」

 白圭は商売がうまい。その儲けは莫大である。ところが白圭はその儲けを慈善事業につぎこんだ。そうなると白圭の商売は人を救うための色あいが濃厚で、それを知った人々は、どんなに白圭が大儲けをしても、かれを憎むことはしなくなった。

p116
―人のいのちを救う事業をやれる。ありがたいことだ。

p118
韓非子という思想家は、
「天下の大事というものは、かならずこまかなことからおこるのである。
それゆえ、ものごとを制しようとする者は、まずこまかなことから制してゆくのである」

―田文は天と地と水と対話している。
 ということに気づいた。あたりに人はいない。だが、孤立しているとはいえまい。
田文が自然のことばを聴けるのである。
―田文はやはり天の子か。
 このとき白圭は、田文が天運にそって生きる者であることを、はげしく予見した。

p122
―国を富ますのは人か。

p253
 すぐれた才覚を、人はたたえはするが、その才能になついたり、慕ったりしない。
―だから、わしは食客を遇するのだ。
 と、田嬰は心中で高言している。

「食客とは天使よ」
 と、田嬰はいうであろう。
 百人の食客がいれば、百の考えかたがある。かれらを愛せば、百の考えかたを教えてもらえる。あるいは、食客の増減は、自分の存在が世間でどう評されているかを示してくれる。

p265
 このころ、宇宙の元素を五つにわける、
 「五行」
 という思想が生じた。その五つとは、木、火、土、金、水である。黄帝は土の徳で天下をおおったと信じられ、土徳とは黄であるというわけである。

p284
 もともと夏侯章は書物の虫のような読書ずきの少年であったが、ここにきてかれの学力が精神の風韻をともなって屹立しはじめたようである。
―三十にして立つ、というやつか。

p305
 田文が孫臏から教えられた兵法のなかに、
 「恒に勝たざるに五あり」
 と、敗戦の要因が五つあるのである。
 君主が将軍を遠隔操作している。将軍が戦法を知らない。諸将のあいだがうまくいっていない。間謀を用いない。兵の信頼をえられない。


こうやって、みてみると、
白圭の生き方は、社会起業家のロールモデルとなりうる人生である。といえる。
彼の考え方は、二千年たっても色あせず、
時代が循環して、今まさにそういった人やおもいが求められる時代なったのでは
といえる。

白圭。30年後の自分は彼のような生き方をしている人物でありたい。



| 歴史小説 | 21:56 | comments(0) | - |
孟嘗君〈3〉 (講談社文庫)
評価:
宮城谷 昌光
講談社
¥ 600
(1998-09)
Amazonランキング: 4676位
JUGEMテーマ:読書


241 孟嘗君〈3〉 (講談社文庫) 宮城谷昌光著

三巻は、孫子の兵法書で有名な、孫武、孫臏の孫臏が活躍する巻。
孫氏の兵法書の極意を宮城谷先生が描いています。

p123
権は臨機応変といいかえてもよい。

p128
戦争は千変万化する。したがって形のないものが戦争であるともいえる。
ただし、わかっていることは、戦争に勝って敵国を滅ぼしても、その君主の子孫に手をさしのべて、国を再興させることはできても、負けた場合は、領土をとられ、国家を存続させることができなくなる。それゆえ、戦争をはじめるときは、よくよく考えねばならない。

「事備わりて後に動く」

p130
―微陣を為りて、もってその側に触る。これを大得と謂う。
と、孫臏は述べた。
 微陣という語はかれの先祖の孫武の兵法にはあられないが、「微なる陣」ということで、敵陣にはみえない陣ということである。ただし、孫武の兵法書には、
―微なるかな微なるかな、無形に至る。
 というすぐれた一文があり、攻めるにしても守るにしても、敵の目ではとらえようのない陣の進退を至上のものとみなしており、その陣のゆきつくところは無形であるとおしえている。



以上が、この巻で影響をうけた部分。
ところで、全く話は変わるのだが、
なんとNHKに宮城谷先生がでるとのことだ。
しかも、孟嘗君について。
これは、録画して、保存するしかない。
と思わず思った。

詳細は以下より

知るを楽しむ この人この世界 -宮城谷昌光 孟嘗君と戦国時代-  全8回 (1)(NHK教育)

放送開始日:2008/10/6 月曜日
時間: 22:25より

◇知るを楽しむ・この人この世界◇
「孟嘗君と戦国時代」
中国史の中で精彩を放った、孟嘗君が活躍した戦国時代を小説家の宮城谷昌光氏がひもとく。天下王朝の周の勢力が弱まると、大国の晋を三分し成立した魏、韓、趙と秦、楚、燕、斉が並び立つ時代が到来。それらは後に”戦国七雄”と呼ばれる国々である。当時、魏の国には文侯という君主が現れ、儒教を政治に取り入れることで諸侯をまとめていた。魏の力が弱まると儒教以外の思想が注目され、それに伴いさまざまな才能が現れてくる。それらの人々は国を動かし、天下を動かすと思われる人物の下に集まり、客となって養われる。戦国時代の中期から後期にかけて、客を養っていた王族らの中で、後に”四君”と呼ばれるのが斉の孟嘗君、趙の平原君、魏の信陵君、楚の春申君だった。
http://www.nhk.or.jp/shiruraku/200810/yokoku.html
| 歴史小説 | 14:07 | comments(0) | - |
孟嘗君〈2〉 (講談社文庫)
評価:
宮城谷 昌光
講談社
¥ 600
(1998-09)
Amazonランキング: 7127位
JUGEMテーマ:読書


240 孟嘗君〈2〉 (講談社文庫)

ひらめきをうけた言葉。

p70
「人が力をあわせていける場ほど貴重なものはない」

p77
自身のこざかしい知恵はもうよい。
風洪の心の声がそういっている。
おろかしいほどおのれをむなしくして、教示の声がやってくるのを待てばよい。
風洪はただ人のながれをながめていた。

p96
学問とは、おのれでやるものだ。
と、気づいたのである。

p161
 師はつねにえらく、弟子はつねに劣っているものでもない。
弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真の師とよんでさしつかえない人なのではないか。

p212
「義を買い、仁を売ります。利は人に与えるものだとおもっております」
 社会的責任において買ったものを心で売る。そこで得た利益を世の人に還元するということである。
「かつてそんな商人はいなかった。もしもあなたがそれをなせば、あなたは万民に慕われるだろう」

p333
白圭の背は異臭をはなっている。
異臭のもとは孫子である。かれのからだのどこかが腐りはじめているような臭いであった。
−死の世界から生還した者の臭いだ。
と、白圭はおもっていた。
| 歴史小説 | 14:52 | comments(0) | - |